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福岡高等裁判所 昭和36年(く)21号 決定

被告人 百田昭 外六名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告申立の理由の要旨は、抗告人等は昭和三六年五月一五日被告人百田昭六名の暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件の熊本地方裁判所刑事第一部の第一二回公判廷において、同裁判所を構成する裁判長裁判官安東勝、裁判官松本敏男、同鍋山健の忌避申立をしたところ、原裁判所は抗告人等に右忌避申立の原因を陳述させないで、右忌避申立は忌避権の乱用であり、忌避申立の原因はその陳述を聞かないでもわかつているとして、右申立を却下した。しかしながら抗告人らの本件忌避申立の原因は、原裁判所は昭和三六年四月一五日被告人百田昭外六名の弁護人弁護士横山茂樹に対し法廷等の秩序維持に関する法律第二条第一項を適用して、同弁護士を過料三万円に処したが、右制裁は同弁護士の弁護権の行使を違法に侵害し且つ同弁護士の名誉を著しく傷つけ精神的打撃を与えたものであるから、同弁護士は之を理由に抗告人等を代理人として福岡地方裁判所に対し、国を被告として損害賠償の訴を提起したので、原裁判所の裁判官安東勝同松本敏男同鍋山健は実質上の被告として弁護士横山茂樹と対立する関係になつたから、刑事訴訟法第二〇条第一項の逆な立場が類推され、不公平な裁判をする虞があることによるものであり、右原因はそれまで一度も顕出されていなかつたものである。刑事訴訟規則第九条第二項によると、忌避申立をするにはその原因を示さなければならないので、その原因を示さない忌避申立は不適法のものとなるから、裁判所は忌避申立の原因は必ず述べさせなければならないのに、之を述べさせないで、忌避申立を却下した原決定は刑事訴訟規則第九条に違反するものであり、又原裁判所は抗告人等は単に訴訟遅延の目的のみをもつて忌避申立をするという予断と偏見を有しているから、原因は聞かなくても分つているというが如き暴言を弄したものであり、原裁判所の裁判官は不公平な裁判をする虞があるものというべきであるから、原決定の取消を求めるため本件即時抗告に及んだというのである。

よつて調べてみるに、被告人百田昭外六名に対する暴力行為等処罰に関する法律違反等被告事件の原審第一二回公判調書によると、原裁判所は同公判廷においてされた口頭による全裁判官に対する最初の忌避申立につき、主任弁護人がその原因を述べようとしたのを制止し、検察官の意見を聴いた上で、忌避権を乱用して訴訟遅延の目的のみをもつてされたものとして簡易却下手続により却下したものであることは、所論のとおりである。しかして刑事訴訟規則第九条第二項には「忌避の申立をするには、その原因を示さなければならない。」としており、その原因を示さないでした忌避の申立を不適法のものであること亦所論のとおりであるけれども、右規則第九条第二項に「その原因を示さなければならない。」というのは、忌避申立人に忌避申立の原因を示すべき義務を課したものであるから、忌避申立が申立られたときの状況よりして、本来の使命を全く逸脱して、ただ訴訟遅延の目的のために利用されているにすぎず、明らかに権利の乱用というべきものと認められる場合には、忌避申立そのものの理由があるか否かについての判断は意味がないことに帰するので、忌避申立の原因を聴かないで之を却下しうるものと解すべきである。それで原審第一二回公判調書により、本件忌避申立の状況を調べてみると、昭和三六年五月一五日開廷された原審第一二回公判には、証人谷端一信、同五島順子が出頭して開廷されたところ、主任弁護人より先ず当日の公判を弁護人の都合により変更されたき旨の申出でがあつたので、裁判長は当日出頭していた右証人らを既にあらかじめ期日の指定されていた翌一六日尋問することにつき意見を求めたところ、主任弁護人より谷端証人は翌一六日は差支えるが五島証人は差支えない旨申出でたので、裁判長は谷端証人は当日午後三時より尋問することとし、五島証人に対しては翌一六日午前一〇時に出頭すべきことを命じ、一旦午後三時迄休廷し、休廷後再開した公判の冒頭において、昭和三六年五月一二日附書面による忌避申立に対する却下決定を簡易却下手続により宣告したところ、右決定に対し主任弁護人及び三浦弁護人、百田被告人等より種々発言がなされ、裁判長は之を排して再三予定された谷端証人の証人調を始めようとしたけれども、右発言により妨げられ、ついには主任弁護人より右却下決定に対し口頭による即時抗告の申立がなされその理由名下に主任弁護人及び横山弁護人、三浦弁護人、田代弁護人、後藤被告人等より交々発言がつづけられたが、裁判長は予定の谷端証人の証人調を行う様更に努力を続けたところ、主任弁護人は即時抗告の申立を理由に訴訟手続停止の申立をしたので、裁判長は簡易却下手続による却下決定に対し即時抗告の申立があつても訴訟手続を停止する必要のないことを説示したのにかゝわらず、なお主任弁護人は訴訟手続を停止すべきものである旨執拗に主張して谷端証人の尋問を阻むので、裁判長は忌避却下決定に関する発言を禁止したところ、主任弁護人は全裁判官の回避の申立をなし、裁判長より弁護人に回避の申立権はない旨さとされるや、それでは回避の勧告をする旨申立てその勧告理由名下に更に発言し、谷端証人の尋問をあくまで阻もうとするので、裁判長はついに主任弁護人の発言を禁止したところ、その途端主任弁護人は口頭により本件忌避の申立をなしその原因を陳述しようとしたので、裁判長はその発言を制し、検察官の意見を聴き、訴訟遅延の目的のために利用された忌避権の乱用であるとして、簡易却下手続により却下の決定をしたものであることが明らかである。右状況に徴すると本件忌避申立は、予定された谷端証人の尋問により訴訟の進行を阻害するため、不適法な口頭による即時抗告の申立、回避の申立或は理由なき回避の勧告等をなし更には訴訟手続の停止の申立をしたけれども、いずれも不当な申立であるため之を容れられず、ついには主任弁護人の発言を禁止されたため、本件忌避の申立をなしその原因名下に更に発言を続行し、あくまで谷端証人の尋問を阻もうとしたものであることが認められ本件忌避申立は訴訟遅延の目的のためのみに利用するためなされた忌避権の乱用であることが明らかであるから、本件忌避申立につきその原因を聞かないで簡易却下手続により却下の決定をした原判決には所論のような違法は存しない。又抗告人等主張の原裁判所は抗告人等の忌避申立を訴訟遅延の目的のみをもつてするものとの予断と偏見の下に、本件忌避申立に際し、忌避の原因は聞かなくてもわかつている旨の暴言を弄したとの点については、前記第一回公判調書によると、本件忌避申立についての検察官の意見陳述に対し、主任弁護人が「検察官は忌避の申立は理由がないと言われましたが私達がどんな理由を述べようと思つたかお判りですか」と反問したのに対し、検察官が「現在迄の弁護人の主張全部につき今迄の発言内容からして裁判所が不公平な裁判をする虞があるという申立であつた様に思います」なる旨答えたことは認められるけれども、原裁判所の裁判官が忌避の理由は聞かなくてもわかつている旨発言したことを認むべき何等の資料も存しないばかりでなく、原裁判所が本件忌避申立につきその原因を聞かないでなしたことの、とがむべきでないことは前段説明のとおりである。

以上のとおりであるから、原裁判所がした本件忌避申立に対する簡易却下手続による却下決定は正当であり、本件抗告はその理由がないから、刑事訴訟法第四二六条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 大曲壮次郎 古賀俊郎 中倉貞重)

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